-第1話 謎の転入生

01



気付けば朝になっていた。あれからいつベッドの上に移動したのか思い出せない。

昨日の出来事は、一体。もしかしたら、全部夢だったんじゃないか。そんな淡い期待を胸に抱いたのも虚しく、早くも打ち砕かれることになる。


起きるとリビングには化野がいた。そして何事もなかったかのように「おはよう」と挨拶をされた。絶望して声が出なくなった。


そういえば半ば強制的に同居することになったんだ。宇宙人と一緒に住むなんて最悪だ。どうも目覚めが悪いわけだ。

過去に出逢った宇宙人とはまた違った個体の生命体だろうか。触手を持つ、この謎の生命体の恐ろしさを自分が一番よく分かっている。


いつも通りテレビを点けると目を疑うような光景が広がっていた。

全国的なニュース番組で、昨晩この街で事件が起きていたことが大々的に報道されていた。

内容は〝ものの数分で数十人が一度に変死した〟というもの。無差別大量殺人。電波ジャック。複数犯による犯行だとも囁かれていた。

依然として証拠は何もなく、現場に残された犯人の手掛かりすらもない。そんなことがこの家の付近で起こっていた?思考を巡らせ、昨晩の出来事を整理する。

あれは、数時間前に遡る。気付いていなかったがあの日、同時刻に別の場所で事件が起きていた。つまりこの事件は化野と遭遇した時刻から数分前の出来事だった。

そうなると余計に化野の存在が怪しく思える。無関係なんて方が可笑しいと思った。

化野に何か知らないか聞いてみたが、化野からの返事はこうだった。

「へえ、そんなことがあったんだ。」

そう言い放ち、何事もなく飯を食べていた。動揺すら見せなかった。もちろんそんな簡単に言うわけがない。

化野はこの事件の犯人だと思うが、証拠がない。別のアリバイも探してみる。昨日化野は確かに血塗れだった。あの声の正体は確実に化野そのものだった。あの騒動に紛れて逃げてきた可能性もある。暫く様子を見ていたが、まるで何も知らなかったといった様子でニュースを眺めていた。

化野はそれに気付いたのか、至近距離まで近付いて目を合わせてくる。俺は驚いて反射的に身体がビクッと仰反るように反応するが、そのまま優しく微笑んで、

「もっと近くで見たいんじゃないの」

と言い出す。

「いいよ、そのまま俺だけ見てなよ。こういう事件、朝から見てると不安なるもんね。」

そう言ってけらけらと笑いながら、はぐらかされてしまい、全く話にならなかった。



化野は俺と同じ学校に通いたいと言い出し、新学期から一緒に同じ学校に通うことになった。

大々的にニュースで取り上げられたが、全校集会で集団下校の指導が入るだけで、生活に何か変化が起こるわけでもなかった。



「自己紹介も済んだな。よし、じゃあ今日から化野の席はあそこだな」

「はーい」

教壇を降りてスタスタ歩いていく途中、化野はピタリと止まり、そのまま俺の隣の席の女子生徒に耳打ちする。

「なあ後で席代わって」 

そういうと、隣の席の女子生徒は嬉しそうに二つ返事するのだった。


化野はその後、『色んなワケあってここに引っ越してきたから、教科書持ってなくてさ、教科書届くまでは入間に借りるって話してるんだよね。ほら、その間借り続けるの悪いしさ』と説明した。

席を交換した女子に「悪い、超助かる。ありがとう」と、笑顔を向ける。感謝を伝えられた女子は気にしないで、と寧ろ喜んでいた。それは確かに理に適ってはいるが、何してるんだ。


何をしても完璧で顔も良い化野は、転入初日からクラスの人気者になった。それどころか化野はこんなことを言い出した。


「午後から雨降るよ」

「数学の教師、明日休むよ」

「ここの部分、テストに出ない」

「何考えてるか当ててやる」

「この花瓶割れそう、変えた方がいいよ」


その全てが、嘘のように当たる。まるで預言者みたいだと、クラスの生徒は化野の周囲を囲い出す。

宇宙人は予知までできるのか、そう化野に聞けば、

「さあ?」

と言って椅子の背凭れに寄り掛かって、怠そうにしていた。その姿はあまりに自由人すぎた。


化野は何をしても、なんでも出来た。いつもどこか余裕の表情を浮かべていた。化野がすることやること、何をしても、全部上手くいく。怖いくらいに。その姿はなんだか化物じみていた。カメラを構えられていたけど、化野は見向きもせず、淡々とこなす。クラスの奴らもそれで再生数でも狙うつもりか?それはなんか、見世物みたいだと思った。


お前の近くにいると目立つからやめてほしい。

そう言おうとして化野に近付き、肩を叩こうとした時、化野は俺の心を読んだかのように先に口を開いた。


「入間、目立つの嫌じゃん。だから俺が代わりに目立ってあげようかなってさ。任せといてよ。」


俺の姿なんか何一つ見ずに、俺の気配を察知したのか、化野は、突然くるっと背後を振り向き、目が合う形になる。化野はずいずいと目の前まで近付いていき、そのまま俺の胸を、人差し指の腹で這わせるように優しく撫でてくる。


……ッ」

下から上に触られ、あまりの気持ちの悪さに全身に鳥肌が立つ。化野はそうして俺の胸ポケットからゆっくりスマートフォンを取り出し、俺のスマートフォンでゲームを始めた。全てを、見透かされているようだった。


だから宇宙人は嫌なんだ。化野は知的生命体で、まだこうしてまともに会話が出来るから少しだけマシだと心の中で錯覚してしまうだけで、その正体は宇宙人だ。異星人だろうが、宇宙から来たことに変わりない。


ただ化野のことを宇宙人だと周囲にバラしてしまえば、なんだか俺まで共犯者みたいになるような気がして何も言えなかった。宇宙人だと言って信じて貰えないことぐらい分かっている。逆に俺が不利な状況になることを、今更になって悟ってしまった。それでも、殺されるよりマシだった。


化野は従兄弟だと平然と嘘をついていたが、面倒臭いからそのまま話を合わせておいた。周囲にちやほやされても特に感情を示さなかった。

群衆をかき分けて化野が話しかけてくる。性懲りも無く今日も「入間も一緒にお昼食べよ」

という誘いをしてくるが、断っていた。

お昼くらいは一人でいたい。今の化野には他の奴らも一緒についてくるだろうし、大人数が苦手な分、鬱陶しくも思っていた。


「どうして一緒に食べてくれない?」

と聞かれたので素直に

「誰かと一緒に食べたいなら、他の奴と食べれば良いんじゃないか」

そう言うと、化野はそれを聞いて笑っていた。


「そっか、こういうのじゃあだめか。だめなら別の方法があるよ。」

と独り言を言っていた。


───あれから、二週間経とうとしている。


化野は学校にも慣れてきたようで、しかし相変わらずクラスの人気者だった。


そんなある日、騒動が起きてしまう。


その日は体育。目が合えば歓声が上がる。いくら走っても疲れたという表情すら見えない。全くスタミナ切れという概念すら無いと言わんばかり。


はあ、はあ。なんだよこれ、これが宇宙人か。宇宙人を前にしたら人間は弱いのか。いや俺が弱いだけだ。


「入間、おつかれ」

周囲などお構いなしに俺に平気で近寄っては話し掛けてくる。いい加減それをやめて欲しい。でも化野には、周りなんか見えてないみたいだった。


グラウンドからクラスに戻り休み時間になった。相変わらず化野の机の周りは人で囲われていた。化野は気にせずゲームをしながら応答する。その発言もまた即席ででっち上げた嘘なのだろうか。また俺のスマートフォンは勝手に盗まれていた。


そんな時、聞き馴染みのある声が聞こえた。それはもう、数年ぶりだろうか。


「いーくん!」


俺のところに近付いてきた人物を、視界に捉える。違和感。この視界に収まっているもの全てが、歪とさえ感じる。そんな錯覚に陥る。この瞬間だけ時間がゆっくり過ぎていく。音が遮断されて耳に入ってこない。脳が錯乱しているのだろうか。なぜならそれは、絶対にこの場所で見ることのない姿だったからか。


化野が笑顔で近付いてくる。俺は化野の姿を視界に入れた。

次の瞬間、バシンッと教室中に響き渡る音と共に、その人物は床に倒れていた。それとほぼ同時に、教室に叫び声が上がる。これはまさに一瞬の出来事だった。あまりの光景にクラス中が戦慄し、化野から退く。そして何よりも、化野はもう一度、畳み掛けるように手を振り上げたからだ。


「化野!」

咄嗟に俺が名前を叫ぶと化野は少し止まる。その隙に、俺は化野の手を掴んで取り押さえた。状況を理解するのに精一杯だった。


化野が下級生の女の子に突然暴行したのだ。教室の中心で起きたそれに、周囲は蜘蛛の子を散らすように化野から離れた。その時の化野は明らかに普段とは様子が違かった。少し感情的で、表情には分かりやすく動揺が現れていたような気がする。

普段のあの余裕のある表情とは一転していた。今まであんなに表情一つ変えなかった、化野が。


彼女の頬を、化野は思い切りなんの躊躇もなくぶっ叩いたんだ。そしてその勢いで、体勢を崩した彼女は、そのまま床に蹌踉けたのだ。

人がその場に倒れるくらいって、一体どのくらいの強さなのだろうか。もし机の角が頭に当たっていたらどうするつもりだったんだ。


すぐに化野を止めたが、動揺しているのは俺も同じだった。


卯崎がいた。


その理由は、そこにはいるはずのない従妹の存在【卯崎】がいたからだ。

卯崎は、俺の一個下の従妹で、数年前に宇宙人に襲われて、植物状態になっている。だから動けるはずがない。


事の経緯を説明すれば長くなるが、卯崎は幼少期から病弱で足が不自由。友達もおらず、学校にもろくに通ったことがなかった。

高校一年生の七夕に両親の代わりに親戚である入間が外出許可を得て満月を見に行こうとしたが、そこで運悪く宇宙人に襲われてしまう。

そして卯崎だけが重傷を負い、そのまま植物状態になってしまったのだから。……その日を1日たりとも忘れたことなんてなかった。


「いててごめんね。君も、あの、びっくりさせちゃったよね?」 


卯崎は変わらない笑顔を見せてこう言う。卯崎は突然暴行を振るわれた被害者なのだ。それなのに、思いやる心があると言うのだから。

その後化野に向けられていた視線はすぐに俺の方を向いた。俺は卯崎とバチっと目が合う。


……そうだ、あ、あのね!い、いーくん!……あっ!」


俺と目が合うと慌てて立ちあがろうとする卯崎だったが、足を崩してその場に転倒してしまったのだった。その足首は、まだ歩くことに慣れてないとでも言うばかりに、変な方向を向いていた。


一体、何が起こっているのか。みんながみんな、状況を把握できずにいた。卯崎は、俺に何かを伝えたそうにしていた。その時偶然先生がその場に居合わせ、騒動は一旦収まった。


俺は、江國から話されたことを思い出していた。


そもそも俺は、病院の緊急連絡先に登録されている。何かあれば、真っ先に先生から連絡がくるはずだからだ。着信を確認しても、何も無かった。

何故両親ではなく俺なのかといえば、複雑な事情があった。だけど、卯崎が歩けなくなったのもそのせいだと思ってる。しばらく病院に行けてなかったんだ。だけど、病院に向かうと医者と、幼馴染の【江國】がそこにいた。


「入間くん、来てくれてありがとう」

江國は俺の幼馴染だ。いつ見ても綺麗だと思う。


そこで江國から、クローンの研究に成功したことを伝えられる。だから今後、出逢う彼女は卯崎を元にして作られたクローンなのだと。


今はまだこの肉体に適応できるか不定であるとして、オリジナルの脳信号を受け取って動いてもらうように受信装置を着けているらしい。


「手術が成功して治ったことにしていて欲しい」と協力をお願いをされる。そして、卯崎の中から記憶を消したことを同時に話される。


一つは、植物状態になる直前の記憶。二つ目に、子宮を失った原因と、そして自傷行為をする元となった記憶。

「肉体に残されていないのだから、これらは必要のない記憶よ」これも、肉体と記憶の齟齬を無くす為だと言う。


江國は「入間くん卯崎ちゃん。辛かったね。でもこれからの人生、二人には前を向いていて欲しいから」と言い部屋を後にする。


化野は騒動後、案の定孤立した。

あまりにも心が読めなさすぎるところが、まさに「宇宙人みたいだ」と言う輩も出てくる始末だった。それはそうだろう。転入して早々、後輩の女の子を平手打ちするような奴だ。


以前のように話し掛けてくる奴は疎か、いじめてくるような勇敢な輩も現れなかった。これが本当の孤独だろうか。化野が話し掛けた人は、みんながみんな怯え、最終的には無視をした。

そして、この時の騒動はクラス内だけでは留まらず、校内に広まっていき、「女の子に手を出した男」として捻じ曲がった解釈の内容の噂が広まっていった。


幸い被害者である卯崎が「自分にも非があった」と化野を擁護したお陰か、謹慎処分にはならずに済んでいるというわけだった。

いや、こういう奴は一度痛い目に遭わないといけない気もしたが、被害者本人がそういうならとその場は収まってしまった。当人同士で解決されていても噂というものは一生消えることはない。


自業自得だ。女子生徒に酷いことをしたのだから。大勢の人間から非難を浴びたことは言うまでもない。

いい気味だと思った。だけど化野は、どれだけ孤立しても非難されても、相変わらず何一つ表情を変えず、周囲を気にも止めなかった。その心の内側が何も読めなかった。


それどころか悲しみも、怒りも、虚しさも、今何を思って、何を考えているのか、何も分からなかった。いつも少し、遠くを見るばかりだった。


その後、一人のクラスメイトからこんなことを言われた。

「生徒会長がいなければもっと酷い状況になってた。勇気を持って止めてくれてありがとう。」

そう言われた。


そんなこと言われても、何も嬉しくなかった。場を収めたのは、本当に俺だったのか。


思えば、俺はまだこいつのこと何も知らないな。

この数週間の内に目紛しく過ぎる日常に心がついていくのがやっとだった。まさかこれが、高校最後の春になるのだろうか。


「入間、一緒にお昼食べいこ」

そう昨日と同じように笑いかけてきたから、無視しようと思った。本当に反省してるのか。こんな奴と仲良いことで周囲に何か思われるのも嫌だったから。


……でも、まあ。


「いいよ。」


元々俺は人混みも大人数も好きじゃないし、少しはコイツも懲りただろ。何かあれば俺が叱ろうか、とか人が良いことをするつもりもないけど、周囲に人がいない今以前より幾分もマシに感じた。


化野は俺の返答に、目を細めて嬉しそうに笑顔を向けていた。


だからといって一緒にいたいわけではないし、宇宙人のことが許せないからこそ俺は知らなきゃいけないこともたくさんある。それが済んだらお前と話すことはないだろうから、これもきっと今だけ。


その日、俺は初めて校内で化野と一緒にご飯を食べた。